――夢を、見た 懐かしく、痛く。 辛く、悲しく。 思い出したくも無い、過去のことだ。 天気が良かった。 ありえないくらい暑くて。風の無い日。 それでも、空の彼方には雨を降らせる雲が留まっていて、夕方にはこの街に雨をもたらすだろう。 まだ、髪も肩辺りまでしかなくてあまり、笑う。ということもなかった。 俺は、その雲を買出しに出ていた店の窓から見ていた。 「紀っ!」 いきなり肩を叩かれた。 「うぁあ!……なんだ、 細は…唯一の友人だった。 この頃の俺には友人を作ることは、とても難しい事だったのだ。 「なんだよ!窓なんかぼーっと眺めて。黄昏んなよ!」 ばしばしと細は俺の肩を容赦なく叩く。 「い…痛いって」 「なーんだよ!紀。弱っちいなぁっ!」 がはは。と豪快に笑う細は黒いベリーショートの髪に金色の瞳。額に革のベルトを巻いている。笑うと牙のような犬歯が目立つ。 耳と尻尾は獣、豹のような。 細は、有翼人種、 希少種は希少種ゆえに、狙われやすい。 売り飛ばされたり、見世物にされたり…捕獲されたものに幸せな人生は約束されない。 が、有牙人種は他の希少種とは違い、力があり、強暴だ。 それゆえ、ターゲットにはなり難いのだ。 それでも、細以外の有牙人種が街に下りてくることは滅多にない。 細と、俺は、友人互いに唯一の友人だった。 紀と細がじゃれている姿を、街の人は怪訝そうに見る。 見て、目をそらす。 避けるように、歩く。 やっぱりこの街は、俺は溶け込めないのか。 あの、父親がいる限り。 「細。俺のうちに来る?」 そう、提案した。 それは、いつものことだったのに。 それが、間違いだったんだ。 それが、過ちで……最大の過失。 俺が、唯一の友人を死に追いやったのだ。 俺の父親は、街を支配する組織の権力者だ。そして、残忍な性質の持ち主だ。 その組織は、今大陸を支配しつつある組織と繋がりがあるらしい。 だから。街の人間は俺に近寄らないし、取り入ろうともしない。 触らぬ神に祟りなし。 そういうことだ。 細は、そんなことは気にしないといった。 「紀は、親父さんとは違う。優しいし、いいやつだ。そうだろ?」 その言葉がきっかけでだったんだ。 細は、いいやつで。 俺の、友人だったんだ…。 今でも……これからも。ずっと。 今でも思う。 細は、あの日の事を、恨んではいないだろうか。と。 理不尽に。 気まぐれに奪われた、その命に未練が無いはずはない。 この、俺と友人になったことを……後悔しては、いないだろうか? それを確かめる術を、俺は知らない。 それは何にも増して、曖昧で不明瞭な夢。 それでも、記憶には強く焼け付き、消えることは無い過去なのだ。 忘れたくとも……忘れられない、真実。 繰り返し繰り返し、何時もみる夢。 俺の家は街を外れた森の中にある。 ログハウス風の、それなりに大きな家だ。 この家には自分と、滅多に家に帰らない父親、家事一切を引き受ける妹の縁。 縁は所用で今はこの家にはいない。 あの瞬間を、妹が見なくて良かったと。思う。 「いつ見てもさぁ、紀の家はでかいなぁ…」 細は額に手を当てて、家を仰ぎ見る。 「はは。……居心地は良くないけどね」 特に、父親が居るときは…。 目を伏せる。 父親が居るだけで、家の空気がピリピリするのだ。 明るい妹でさえ、笑顔を消して自室にこもってしまう。 父親は、残忍で、冷酷だ。 人を人とは思っていない言動を、何時も取るのだ。 玄関のドアノブに手をかけて、家のドアを開けかけて紀は動きを止めた。 嫌な気配がする。 この中に、父親が居る。 何時も、家にはいないのに。 滅多にここには帰らないのに…。今日に限って。 何故。如何して。 最悪だ。 背筋に、寒気が走るような父の気配。 ぎし。と家が鳴った。 木の床を踏みしめて、父親が玄関の柱にもたれかかり……父親が笑った。 とても、凄惨に。 父親と紀の外見はよく似ていた。 髪の色も、目の色も。 髪の長さは父の方が短く、目は何時も凄惨に細められている。 紀の髪が長いのは、父親と外見に差をつけたかったのだ。 「おかえり、紀」 緩慢な動きで柱から離れ、父親はゆっくり紀に近づく。 紀の後ろに何が居るのか、見通している目で笑う。 「…細…。逃げろっ!」 声を、荒げた。 何が起こるのか。 紀は、理解した。 父親は、細を殺す。 必ず。 細は。有牙人種。……希少種だから。 「せ………っぁあ?」 もう一度叫ぼうとして、それは阻止され、体が地面に叩きつけられた。 父親が、紀の頭を力いっぱい横殴りにしたからだ。 「…がっ!?」 頭を、全身を地面に叩きうめきがもれる。 「紀!」 細が叫んで紀に駆け寄ろうとする。 「うるさいよ。お前…希少種を逃がすなど。許さない」 先程の緩慢な動きからは想像できないほど、迅速な動き。 細を地面に押し倒し、両の腕を拘束し背中を足で押さえつける。 細いその体からは考えられないほどの力で。 「このヤロ!!離せっ!」 細が呻いて、紀が声を振り絞る。 「セ…細。…に…げろっ」 頭がぐらぐら揺れて、吐き気に襲われて、立ち上がることが出来ない。 「へぇ。有牙人種か…。豹とは珍しいねぇ」 その、緑の眼で細をみる。 品定めするように…。 「細。セイ!…にげろっ!殺される!」 その声を、細は聞き逃げようと、身体に力を込める。 しかし。 「確か、有牙人種は死ぬと獣の姿に…なるんだっけ?」 父親が、腰に携えていた拳銃を取り出す。 小さくとも、殺傷能力が高いものだ。 「やめっ…!」 「セイっ!!」 細が、紀が叫ぶ。 乾いた音が、響いて、その音に驚いた周囲の木にとまっていた鳥達が一斉に飛び立つ。 目の前に、無数の羽が舞って。 世界が覆われた。 父親が、こちらを向いて。 笑った。 自分と、同じ顔で…。 ……。 世界が、羽で覆われた。 何も…出来なかった………。 「な…め…?紀?」 呼ばれて、目を開けた。 夜。 「…純?」 横になっている感覚。 「…ゆめ?」 のろのろと上半身を起こす。 あの頃より随分のびた髪が背中に流れた。 「うなされてたよ?…それに、泣いてた」 頬を涙が伝って。 「うん。」 今でも思う。 細は、あの日の事を、恨んではいないだろうか。と。 理不尽に。 気まぐれに奪われた、その命に未練が無いはずはない。 この、俺と友人になったことを……後悔しては、いないだろうか? それを確かめる術を、俺は知らない。 それは何にも増して、曖昧で不明瞭な夢。 それでも、記憶には強く焼け付き、消えることは無い過去。 忘れたくとも……忘れられない、真実。 繰り返し繰り返し、何時もみる夢。 細は…何時も夢の最後。 羽が舞う中で、彼は……何時も笑うのだ。 後悔など、恨んではいないと。 例え、それが思い込みでも……。 彼は、笑うのだ。
Destruction Wars Said Story 『夜想花・T 紀』 END |
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