『空に鐘の音、響く夜』




クリスマスだ。と人々は浮かれている。
クリスマスは、特別な人と、特別な夜を。
クリスマスに1人なんて、寂しい。恋人と居たい。


何故、そんなことを思うのだろう。


クリスマスも普段の毎日も。
何時もと同じ24時間のときの流れ。


特別だ。なんて思えない。







「…クルーアル様…何を、なさっているんです?」
軽いノックをして、一呼吸おく。
中から特別辺事が無い場合、そのタイミングで戸を開けるのが、最善だ。


テラは何時ものように、そのタイミングで戸を開けた。
そして、何時ものようにクルーアルが居る執務机の方へ視線を移し、絶句してしまう。
だが、その状態も直ぐに持ち直し、冷静そのものという口調で問うたのだ。


彼女が見たのは、赤い三角帽子の先に白い毛玉、その被り口には白い綿が付いた
『あの帽子』を被り、赤い『あの衣装』を羽織ろうとしている、クルーアルの姿。
書類と研究データが入ったディスクが積まれた机の上には、どうやら白い付け髭が用意してあるようだった。


ああ、そうか。今日は…クリスマスイヴか…。


「え…いや。ほら。今日はクリスマスイヴだし…」

「クルーアル様。そのような事は…」
何時ものポーカーフェイスで其処まで告げて、テラは笑う。

にっこり。と。

見るもの全てが、凍りつくその笑顔。
その表情は何の偽りもない、美しい笑顔なのだが、醸し出すオーラは氷のように冷たい。
美しい声で優しく紡ぐ言葉は、辛辣で非情なものであるのだ。
…全てはクルーアルの、自業自得の産物なのだが…。

「この机に積まれている書類、全てを片付けてから、にして頂けないでしょうか?
……今から、寝ずに片付けていただければ、一日で終わると思いますよ?」
さらり。とそう告げる。
寝ずに、この仕事を全て片付けるのは……些か無理がある。

「いや…一日は、無理…だろう」
テラから目線をはずし、さらに机の上の書類の山からも目をそらし、赤いあの上着の裾についている白いボアを、もごもごと触る。

「お言葉ですが。…自業自得。ですので」
にっこりと笑む。

「そんなに、クリスマスがしたいならば、其れにあわせた仕事をなされば良い事です。
昨日も一昨日も…仕事を放棄して、遊びまわるから……
肝心なときに、ツケがまわるんですよ」
まさに正論を突きつけられ、クルーアルは言葉を告ぐ事が出来なかった。

「い…や…」

「終わったら、好きなだけクリスマスを味わってください。
さぁ今からはじめれば明日のクリスマスが終わる頃までには、終わりますよ」


テラは、三時を指して三十分程長針が進んだ時計を眺めて、そう告げた。
有無を言わせぬその、笑みで。






かち。

と時計の針が動く音が、耳元でなった気がした。

うたた寝を、していたのか。
時間は、深夜一時を過ぎていた。

ふぅ、と息を吐き仕事の進み具合を見て、休憩をしてもらおうと考える。
まぁ、彼のことだ。仕事をやる気になれば、あの仕事の量は一日もかけずに終わらせる事が出来るだろう。
出来ないわけではないのに、何故そうやって逃げるのか。
それとも、其れさえも楽しんでいるのだろうか。


ありえないことではないな。
そう思う。
彼は、そういう人だ。


クルーアルの執務机と対の、彼に背中を向ける位置の応接ソファから立ち上がり、クルーアルの方を向いて、一番に目に入ったのは執務机に座るクルーアルではなく、
赤いワイングラス。


「?!」


「驚いた?今日のためにね、用意したワインだよ」
と、グラスを自分に差し出した。

「あ…ありがとうございます…」
受け取り、思わずそう答えてしまう。

「仕事はね。…終わらせたよ。一応ね…寝ずにやれば、本当に何とか…だね」



ほら。できないことなんて無いのだ。



「じゃあ…はじめからそうしてください」

「はは。僕は追い詰められないとできない人なんだよね」
そうおどけた。

「このワインはヴィンテージものだよ。
たしか…そう王朝時代の物だ。クリスマスに丁度いいだろう?」

「さぁ。私にはよく解りません。ワインも、クリスマスも」

そう呟いて、ソファの背によりかかる。
クリスマスも、他の日常と何もかわらない。
時間は流れて、過ぎるだけ。
特別な日など無いのだ。






まるで、昔の自分を見ている気がしたんだ。
彼女に会う前の。
彼女がくれた、特別な日を知らない頃の自分に。
それは、とてもつまらない日々だったよ。

だから。
しってほしいんだ。
特別な日が、ある事を。






「それじゃ、つまらないよ。確かにクリスマスは直接僕等には関係ないかもしれない。
それでも。
毎日が、何時もと変わらない特別な日がないなんて、つまらないよ。其れに寂しい」

「そう、言われましても…。特別な日など…特にほしいとも」

「じゃあ、今日からクリスマスを特別な日にすればいい。…こうやってワインを共に飲める日。特別は、無いよりある方が、楽しく過ごせるから」

「…毎年。ですか?」

「そうだね。それで君が特別な日が作れるなら、僕は一役買うよ」






特別な日なんて、無くていい。



そう。そんな事必要ないと、思っていた。
寂しいともつまらないとも、思わなかった。

それでも、特別な人が特別な日をくれたなら。



それは、つまらない事だった。寂しい事だった。
そう思えるようになるんだろう。



そして、何時しか待つようになる。
空に、鐘の音が響く日を。



それが、私の特別な日。これからもずっと。

そして、そんな日が増えていけばいいと、貴方は笑うのだろう。







END
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