「言葉はね、ときに涙が出るほど嬉しかったり、誰かを支える、とても大切なものになるのよ。
だからね・・・貴方も言葉を大事にしてね」

鉛色の空。
雨音が静かに響くその部屋で、彼女は優しく微笑んでそう言った。

あの、優しく美しい歌声とともに。
その、温もりと共に・・・。




Destruction Wars SS
   『雨に唄えば・・・』




夢が途切れて、ふと、眼が覚めた。
室内は、カーテンによって光が遮断され薄暗い。
だが、その暗さもそれだけが要因ではなく、どうやら雨が降っているようだった。
ベッドから半身を起こして、雨音に耳を傾けた。
右半身が窓側を向いてはいるが、眼に入る微量な光も、雨音も全て左半身で受けとる。
右側の聴覚、視覚が機能しにくい為だが、彼は其れを苦痛と思わない。
彼女が最期に受けた痛みと悲しみは、きっとこれ以上のモノだ。


それに、彼女はこのハンデを真剣に考えてくれた。
其れが、幸せで、其れが、苦痛を感じない理由。


雨のせいで、あのときの夢を見たのだ。
そう思った。
1人で、雨音を聞くのは、久しぶりだった。
1人で、眠るのはとても久しぶりだった。

いつもは、彼女の魂の片割れがしつこいくらいについて回ってきて、部屋も強制的に二人部屋にされていた。
パーティを分けるときも、同様だった。
しかし、今回の宿は生憎1人部屋しかなく、殆どのメンバーが1人部屋に宿泊することになった。

1人になるのは、本当に、久しぶりだった。
沢山の人に囲まれて、随分長い間過ごしてきた。
仲間の誰とも、特に親しくしている訳ではないが、側には必ず彼女の片割れが居て、彼女の周りには、誰かが居た。
そして、自分の周りには、誰かが居た。

そこで、言葉を発することは殆ど無かったが、一人ではなかった。

1人で居ることが、キライなわけではない。
大勢の中で感じる、孤独も、気にならないし、其れを孤独とは感じない。
あの日以来、彼女が居なくなったあの日以来、心は凍っているのかも知れない。

殆ど見えない、右目。
聞こえない、右耳。
治ることの無い、モノ。
其れを、これ以上悪くならないよう、精一杯対策を講じてくれた人。
その人に、自分は酷く依存してるのだろ。


もう、此の世界には居ない人なのに。


それは、どんなに苦しいことか。
虚無なことか・・・。
誰も居ない場所に、彼女の姿を見てしまう。

その感情は、愛とか恋ではきっと無い。
もっと、単純で簡単なもの。

殆ど見えない、右目。
聞こえない、右耳。
此れは、彼女との絆。
解けない、絆。
一生、この身から離れないもの。
大切なもの。


「言葉はね、ときに涙が出るほど嬉しかったり、誰かを支える、とても大切なものになるのよ。
だからね・・・貴方も言葉を大事にしてね」


彼女はそういった。
言葉は大切なもの。
だから、容易に使ってはいけない。
本当に、大切な事だけ伝わればいい。

カーテンの端をめくり、窓の外を見る。
雨にぬれた街は、何処か寒々しく冷たく見える。
灰色の、街。

それでも、彼女は雨の街は嫌いではない、といった。
微かな光を、雨が反射して、世界が、輝いて見えると。
そして、雨あがりの街は、とても美しいと。

雨の夜、彼女はそういうのだ。
そして、彼女は微かに聞こえる雨音に歌を口ずさむのだ。
優しく、愛おしい歌を。

雨音を、彼女の歌を聞きながら、眠りにつくことはもうできない。
それでも、雨音は彼女の歌をつれてくる。

不意に口ずさみたくても、彼女のような美しい声で歌うことは出来ない。
心の中だけで、思い出す彼女が雨に歌ってくれたあの歌を。

思い出が、崩れないように。
右目を、左手で覆って目を瞑る。

そろそろ、彼女の片割れが、此処に来るだろう。
自分を起こしに。あの、明るい声で。

この雨雲を払う、力を持って。


雨に唄えば。
君を思い出す。
この雨音の先に、安らぎがあると。
雨に、空に唄うよ。
願いをこめて。
君に、届けと。
此の雨は、君を濡らし凍える日もあるだろう。
其れでも、此の雨は君と繋がる。
空と地を繋ぐ架け橋。

其処に居なくても、わかるよね。
君の側に、何時も居るよ。




「雨に唄えば、思い出す。此の雨の先に、安らぎがあると。雨に、空に唄うよ。願いをこめて。君に、届けと。
此の雨は、君を濡らし凍える日もあるだろう。其れでも、此の雨は君と繋がる。空と地を繋ぐ架け橋。」




カーテンを、開ける。
街は相変わらずの、雨にぬれる街。


「トゥルーちゃん。なんだか嬉しそうね?・・・姉さんのことでも、思い出した?」


其処に居なくても、わかるよね。
君の側に、何時も居るよ。




「ああ」

                                       



FIN
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