『遥か彼岸の君へ』 今日は特別な日。 目が覚めて、窓の外を見る。 よく晴れた空。 雲ひとつなく。 ただ、あの白い花だけが、優雅に揺れて。 僕は一つ、微笑んだ。 今は此処にいない、君へ。 花束を抱えて、歩きなれた廊下を歩く。 L字型の白い巨大な建物の内側に建つ、黒い棟の最上階。 この組織を、運営する幹部ならびにその近親者が住まい、暗く残忍な秘密を抱く棟。 今日は、この廊下をこっそり逃げるように歩かなくても良い。 今日は特別な日だから。 胸に抱えた花は、色とりどりの花達。 無粋な、形式どった花はいらない。 ガーベラ、薔薇、スイートピー、カラー、チューリップ、向日葵・・・。 無節操に、ただ色とりどりに。 「趣味の悪い花束ですね・・・」 そういわれたが、君の好きな花を集めたらこうなってしまうんだ。 苦笑して、僕は言う。 「花が、好きな人だったからね。・・・喜んでくれるはずだよ」 きみは、世界のすべてに愛を持っていた。 今は、此処に居ない君。 声をかけて来た秘書も、今日はそのまま僕を送り出してくれる。 その代わり、かすみ草を花束に加えてくれた。 白い花が舞う。 今も昔も変わりなく。 あの時も。 君を、抱くように咲いていたね。 あの日のことは、忘れはしない。 それは、後悔でもないし、事責の念からでもなく。 そうすることで、目的を忘れないため。 信念を貫くため。 「父上」 背中から、声をかけられる。 これを、と白いチューリップと、黄色いチューリップを一輪ずつ差し出してくる。 「ミオと、俺の分です・・・墓前に」 「ありがとう。きっと喜ぶよ・・・お前もくるかい?」 そうたずねると、彼は目を伏せすこし笑って、 「父上の後に・・・」 それだけ言って踵を返してゆく。 今日は特別な日。 誰も、邪魔をしない。 中庭を歩く。 白い花が前面に咲き誇る、この施設の中庭。 あの、L字型の建物の前面硝子張りの廊下から見渡せば、壮観だ。 この庭の先には、以前のこの建物の跡地がある。 君が、いなくなった日に『僕等の子供』が壊した、以前の建物。 「兄さん。これをその花束に加えてください。僕の分です」 差し出された、大輪の白百合。 「ありがとう。・・・百合も好きだったな・・・。香り高くて・・・」 今日咲いたんですよ。 そういって、その場を彼は後にした。 沢山の想い。 沢山の色をもって君に会いに行くよ。 今日は、君の側にいることを許された日。 まだ、瓦礫の残るその場所は、そこだけ綺麗に整理され白い花が咲き誇る。 以前はそこが、中庭だった。 そこに、彼女の弔われた場所がある。 磨かれた、白亜の墓石。 名前も、生年も没年も記されない、ただの白い墓標。 その前にたち、ひどく優しい笑顔で、声で、呼ぶ。 「久しぶりだね。ルフィア」 そうして、抱えた花束を供える。 そうして、かすみ草はテラから、チューリップはライアとミオから、百合はディクトからの贈り物だと、墓前に教える。 尊い儀式のように、慎重に優しく。 そうして、墓標の端に背を預ける。 今日は、そこに居て良い日。 だれも、邪魔はしない。 特別な日。 そうして、クルーアルは去年から今日までの出来事を語りかけるように、話し出す。 今日は、特別な日。一年に一度の日。 死者が、彼岸から此岸に戻るとされる日。 あいづちが聞こえる気がして、目を向ければ其処に居てくれる気がして。 ふと、寂しくなる。 空を見上げれば、青は茜に変わってゆく最中だった。 日が暮れて、また日が昇るその瞬間まで君の側に居たいけれど、君は、きっとそれを快く思わないだろう。 君の、考えそうなことは、わからないはずない。 僕は、君を愛していたから。 「じゃぁ、また来年」 僕は君を殺したことを、後悔していない。自責の念もない。 ただ、成し遂げる目的のために、必要だった。 唯、寂しい。それだけ。 それは、君もわかっていることだと、確信している。 だから、僕の中のきみは何時でも微笑んでいる。 僕は、君を愛しているから。 そうだろう? |
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