年に一度のこの日。
想いを伝えるために、貴方は何をする?


「かーなーめー!」
「うぁっ!・・・痛いよ。純・・・」
高速で飛んできた純にタックルを決められて、紀は顔をしかめる。
小さな身体で弾丸の速さで飛んでこられれば、それは正に弾丸。
「えへへ。・・・今日は何の日でしょー?」
くるり。と回りながら眼前に躍り出て純は笑う。
「今日?えーと・・・」
今日は何の日?と聴かれれば、何の日でもないはずだ。・・・いや。人々は勝手に往々にして、『何の日』というのを決めたがるものだ。
更に、こんな風に聴いてくる、ということは何か特別な日なはずだ・・・が・・・。
「えーと・・・」
言ってしまえば、旅に出て以来日にちなんてあまり気にかけて来なかった・・・ので・・・。
「あー・・・今日って何日?」
そう聞き返したら、純は笑顔を氷付かせて、
「馬鹿――――っ!」
と叫んで、飛んで行ってしまった。
「えっ?!」
「・・・馬鹿だねぇ。紀君。今日はヴァレンタインデーだよ」
いつの間にそこに居たのか、オネスティが妹から貰ったであろうチョコを目の高さに上げて、教えてくれた。


*                  *                    *


「あーもう!」
テラは、主不在の執務机を両手で思いっきりたたいた。
また、今日も今日とてこの執務机の主は何処かへ逃げたのだ。
「胤!クルーアルさまは何処に行ったかわかる?」
そのままの体勢で、誰も居ない空間に声をかける。
「んー・・・パパならーーアミューズメントエリアに・・・いるよ?」
テラの側に小柄な少女と小鳥のCGが投影され、その少女は躊躇いがちに告げた。
「そう。ありがとう!」
言ってテラは、執務室を出て行った。
「あれー?パパ今日は仕事ちゃんとやって行ったのに〜?」
不思議そうに、胤は小鳥とCG玻璃に首を傾げて疑問を口にする。
部屋のソファで本を開いていたディクトは、ヴァーチャルドータの胤に教える。
「今日はヴァレンタインだからね」
ソファの前のテーブルに置かれたカップには、出来たてのホットチョコレート。

まったく。今日は折角ホットチョコレートを作ったのに。
いつもどおり居なくなるなんて!
そして、逃げ場所はアミューズメントエリア。あそこは広いのだ。
ホットチョコレートが冷めてしまうじゃない!
氷の微笑みを浮かべた彼女は、大またで目的の場所へと向かう。


*                     *                 *


「純〜。ごめんーー」
大きめの、硝子の器に向かって紀は頭を下げる。
ミルクを移し入れるのに最適そうな器の中には、水と純が入っている。
栓のコルクは、嘘のようにしっかりとそこに嵌っていて、幾ら引っ張っても開く気配がなかった。
純の水の魔法で、表面張力やら、水分量やらをいろいろいじって、こうなっているのだろう。
水の中の純はふくれっ面で、紀を見ようともしない。
聴けば、あのトゥルーザーも琴夜も今日のことを知っていて、しっかりチョコをもらったらしい。
「馬鹿だな。お前・・・。日にちくらいカウントしとけよ。歳とっても気付かねぇだろ?」
紫煙を吐き出して、キルはその様子を笑って観察している。
「ごめんってば。純〜。もー絶対忘れないし・・・ホワイトデーには倍で何か返すから」
「・・・私を物でつるなんて、100年早いんじゃない?」
水と硝子越しでも純の声はよく聞こえた。
「あー・・・そうじゃなくて」
「じゃぁ、なに?」
困った。もうどうしようもない。
「あー・・・。もぅ俺さぁ、純が居てくれないと困るんだよ」
うなだれて呟く。
本心。
「本当。純にどれだけ助けられたか。・・・なのにごめんな。今日のこと忘れてて。俺、楽しみにしてた筈なのになぁ・・・。純もそうだったんだろ?ゴメン・・・」
居てくれたから、ここまで来れたのに。

過去も、乗り越えられたのに。

「それ、本当?あたし居ないとこまる?」
「あたりまえだろう?」

ぽん。と軽い音がなって器の栓が外れた。
「仕方ないわね。許してあげる。そのかわりお返しは三倍だからね!」
言いながら、紀の方に座る。
純の指定席。

・・・物にはつられないのではなかったのか・・・。
この際、それは気にしないことにした。


*                   *                  *


「エイラ!だからなんでウィスキーボンボンなんてあげたの?」
何処から持ってきた鉄板で頭部を庇いながら綺羅はエイラ叱咤した。
「だって!ウイスキーボンボンくらいのアルコールなら平気かなって!」
がぁん。と鉄板に硬いものが当たった音がする。
「だって!じゃなくて!あーもー!あんたがこんな失敗するなんて信じらんない!」
くわっ。と目を開いてエイラを見る。
「責任もって何とかしなさーい!!」
エイラがチョコをあげたトゥルーザーはアルコールを摂ると、暴れて手が付けられなくなるのだ。
エイラが一番知っているはずなのに。
何故?誰もがそう思った。


*                   *                  *


「えへへ。本読みながらでも食べられるように、包装の少ないチョコにしてみたんだ」
フェアリィが、嬉しそうに言う。
6個入りのそれは、一つ一つが綺麗に形成された美しい物だった。
「・・・高かったんじゃないのか?」
包装紙と、ラッピングのリボンを見ながら聞く。それには有名チョコブランドの名が書かれている。
「大丈夫。ちゃんと稼いだから」
「・・・稼ぐ?」
不審そうに琴夜が聞き返す。
一体何のことだろう。と思う。旅の資金は倒したモンスターの一部を売ったり、オーゼガ二ィ関係の施設から奪ったものを売って、等分している。・・・この街は滞在期間こそ長かったものの、そのような事はしていない。
「うん。ここには長くいたから、工事現場の手伝いしてたの」
そう、彼女はアンドロイド。力なら男2人分以上。
彼女は、ぐっ。と力こぶを作る仕草をして笑った。
「バイト料弾んでくれて。時給上げるからうちでずっと働かないか?なんて言われちゃった」
今回のお返しは、自分もがんばらねば。と琴夜は思った。


*                   *                  *


「新くん。そのチョコは?」
「これですか?エレメントちゃん、純ちゃん、フェアリィちゃんからの共同チョコです」
小さな袋に入ったチョコを見せる。
「キル君と綺羅も貰ってましたよ」
「ふーん」
「まぁ。貰えないよりはましですよ。逆に気を遣ってもらっちゃって、かえって悪い位です。」
「いい人だね。新くん」
「そうですか?」
「そうだよ」



ねぇ、一年に一度。
このチャンスの日。
想いを伝えるために、貴方は何をするの?

END
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